櫻井神社 : Sakurai-jinja

25 janv. 2025


645, Katakura, Minami-ku, Sakai-shi, Osaka, Japon.
Date inconnue : fondation du sanctuaire.
Vers le XIIIe siècle : construction de Haïden.
1577 : destruction par la guerre.
1702 : reconstruction de Shin-mon.
1731 : reconstruction de Shōrō.
1928 : restauration de Haïden.
1931 : construction de Chū-mon.

大阪府堺市南区片蔵645
年代不詳:櫻井神社の創設
13世紀頃:拝殿の建設
1577年:戦火による消失
1702年:神門の再建
1731年:鐘楼の再建
1928年:拝殿の修復、再建
1931年:中門の再建

旧和泉国の北部、いまの堺市南区にある神社です。田畑と丘陵の広がるのどかな地帯にあります。

神社の歴史は非常に古く、この地に住んでいた氏族、櫻井氏が祖先を祀ったことが起源とのこと。推古天皇の時代(6世紀末)にはもう、その存在が記録されているようです。

1577年、織田信長の紀州征伐の際に櫻井神社は破壊されてしまいますが、その後徐々に復興してゆきます。この神門は1702年に再建されたもの。本柱と控え柱で屋根を支える薬医門の形式になっています。

境内に入ると、均整のとれたうつくしい拝殿がまず目につきます。鎌倉時代前期に建てられたもので、神社の拝殿としてはもっとも古いもののひとつ。

中央に土間の通路を設けた割拝殿となっていますが、これは事後的な改築の結果であるようです。朱の桟唐戸が色あざやか。

桟唐戸が設けられているのは表側だけで、裏は簡素な造りになっています。

櫻井神社拝殿の最大の特徴は屋根の架構形式が二重虹梁蟇股(にじゅうこうりょうかえるまた)になっていること。虹梁は梁の一種、蟇股は梁の上に取り付けられて荷重を分散させる部材で、大梁の上に蟇股(この拝殿では二つ)が乗りさらにその上にもう一本、梁が架けられる形式が二重虹梁蟇股です(と、調べてみて初めて知りました)。この架構が明快な形で用いられている例として、櫻井神社拝殿は貴重な建築文化遺産となっております。

拝殿内側から屋根を見上げると、梁や垂木などをあえて現し(あらわし)にした化粧屋根裏になっていて、その線のうつくしさに惚れ惚れしました。二重虹梁蟇股はここでもはっきり観察できます。

拝殿を抜けると中門に突き当たります。この中門は1931年に初めて建造されたもの。

中門の奥に鎮座する入母屋造、千鳥破風の立派な建物が本殿。現在は、応神天皇、仲哀天皇、神功皇后が祀られています。

拝殿の向かって右側にあるのが、戎社。

戎社のお隣にあるのが参籠所。神官や神社関係者が集って一定期間神仏祈願したり、参拝者たちが宿泊したりする施設です。文化財登録されていたりする建築ではないのですが、軒のラインがとてもうつくしく、印象に残りました。

参籠所のさらにお隣に建っているのが絵馬殿。

絵馬殿と神門との間にあるのが、神輿庫。これはもともと鐘楼として1731年に再建された建物が元になっていて、明治時代に現在の用途に変更、改築されました。

授与所がとても立派。社務所はその奥(上の写真だと右隣)に位置しています。

Références

Photos prises en mars 2022.
2022年3月撮影