ノートル=ダム ド ラ ナティヴィテ教会 (ベルシー) : Paroisse Notre-Dame de la Nativité de Bercy

6 mai 2025

Paroisse N.-D. de la Nativité de Bercy ノートル=ダム・ド・ラ・ナティヴィテ教会(ベルシー)


Place Lachambeaudie, 75012, Paris.
Vers le XVIIe siècle : construction de l'église.
1823-1826 : construction d'une nouvelle paroisse : André-Marie Châtillon : néoclassicisme.
1871 : destruction par l'incendie lors de la Commune.
1873-début du XXe siècle : reconstruction selon le plan de Châtillon : Antoine-Julien Hénard : néoclassicisme.
1985 : réfection après une incendie.

ラシャンボディ広場、パリ12区
17世紀頃:教会の建設
1823-1826年 : 新しい教会の建設:アンドレ=マリ・シャティヨン:新古典主義様式
1871年:パリ・コミューンの戦禍により焼失
1873年-20世紀初め:シャティヨンの設計に基づく再建:アントワーヌ=ジュリアン・エナール:新古典主義様式
1985年:火災ののちの修復

パリ12区、ベルシー公園近くのまあまあ新しい街並みのなかにひっそりと建つ教会。本記事冒頭の写真をご覧いただくと分かるかと思いますが、四方を道路に囲まれた中洲のような場所に建てられております。なかなかすごい立地。

均整のとれた左右対称のファサード、無装飾の三角破風を支持する質実剛健なドーリア式柱といった、ストイックな新古典主義の外観となっています。現状見られる建物の設計を行ったのは国立高等美術学校(ボザール)出身で、公共建築や教会などの設計に従事したアンドレ=マリ・シャティヨン。

シャティヨンの設計によるオリジナルな建物は、1871年のパリ・コミューンの争乱のさなか火災に見舞われて消失してしまいます。その後1873年、ノートル=ダム・ド・ラ・ナティヴィテ教会はシャティヨンによる建築を復元する形で再建されます。再建を指揮したのはアントワーヌ=ジュリアン・エナール。エナールはこの教会があるパリ12区の区庁舎を設計したりもしているので、12区への貢献度の高かった建築家といえるでしょう。

ちなみにこの教会は、上述のパリ・コミューンにおいて損壊された唯一の教会建築なのだとか。なんとも気の毒な。

建物裏手には教会の名を明示するかのように、キリスト降誕(ナティヴィテ)の図像が設けられています。素朴でかわいらしい。

メトープはないもののトリグリフやダンティキュル、グット付きのミュテュルなど、アンターブルマンやコルニッシュ周りはドーリア式柱頭に付随する装飾がゆたか。ロザンジュもすてき。(←装飾用語に対応する日本語を探すことを放棄)

教会入り口にはペテロとパウロが仁王立ちしていてかっこいい。向かって左、鍵を手にしているのがペテロで、反対側の、剣を手にしているのがパウロ。

身廊と、その両側の側廊とで構成されたオーソドクスな内部構成。訪れたときは人の気配がまったくなく、ほんとうに静かでひっそりとした雰囲気でした。

説教壇に至る、木の階段の細工が見事。

パイプオルガンは、ストルツ兄弟社製のもので1880年頃の製造。

Références

  • Michel Poisson, Façades parisiennes, Parigramme, 2006, p. 177.
  • « L’histoire de notre église », le site de la Paroisse Notre-Dame de la Nativité de Bercy.

Autre travail d'Antoine-Julien Hénard : アントワーヌ=ジュリアン・エナールの他の建築

Photos prises en avril et juin 2016.
2016年4月、6月撮影